「上田勇一の仕事」
銀筆/Silver Pointとは、直径2ミリの銀の棒をやすりで磨き、鋭利に尖らせたもので描く。美しく磨かれた石膏地に銀で描かれた線は、時間の経過と共に酸化してセピアトーンに変化するという特徴を持つ。ヨーロッパ中世に起源を持つこの技法に作家は魅せられ、追及している。この仕事は、集中力と忍耐を要求する。現代のインスタントなスピードの時代にあり、作家は最も非現代的と思われる仕事に没頭する。その制作の歩みは遅々としている。作家にとって表現とは何であろうか。モチーフとして用意された物に深い意味はあるのだろうか。空想上の鳥、水面の映像、梨。作家はモノと空間のはざまを彷徨している。きわめて細く硬質な銀筆によって描かれた線は、はざまを刻んでいく。没頭する画家にとってはその行為の時間のみが生きることを担保しているのかもしれない。永遠の時間に続く道。それを想い描く作家は、決して急がない。おそらく、緻密に描ききることによってしか得られない充実を知っているのだろう。
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